日本人ブラジル移住百周年
来歴

ブラジルと日本は1895年11月5日にパリ市に於いて「友好通商就航条約」を調印することによって外交関係を結ぶに至った。各々を公式に認め合った両国だったが、大きな地理的な距離だけではなく異なった人種的・文化的な根底によって隔たり合っており、結果としては相手に対する知識不足によって互いに「エキゾチック」と認識し合う感覚に拍車をかけた。

二十世紀の初頭に状況が一変した。金の生る樹と持て囃され、ブラジルの南部・南東部で勃興期にあったコーヒー農園に日本人農民の移住を奨励することで両国政府が合意した。

1908年6月18日に165世帯合計781人の最初の日本人移住者を乗せた汽船「笠戸丸」がブラジルのサントス港に到着した。これが政治的・経済的な関係にとどまらず特に人間的な絆に特徴付けられたユニークな二国間関係の幕開けをしるした。現在ブラジル国内に居住する日系ブラジル人は約150万人を数え、日本列島以外で最大の日系人社会を成す。

1980年代に至り、ブラジルに移り住んだ日本人移住者の子孫達がより有利な労働報酬を求めて日本に還流し始めた。日本政府が海外日系人たちに就労査証を発行するようになった1990年代からこのような現象は一層加速した。現在日本国内で居住する日系ブラジル人の数は約32万人と推定され、日本国内で3番目の規模を有する外国人集団である。



ブラジル日本交流年

2004年9月に小泉純一郎総理大臣がブラジルを訪問した折にルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シウヴァ(Luis Inácio Lula da Silva)大統領と発表した共同宣言で、日本人ブラジル移住百周年に当たる2008年を「ブラジル日本交流年」として位置づける決意を表明した。

この節目は両国間に存在する強い人的な絆を確かめ合うことを一義的な目的とする。更には両国間の関係を促進し、両国に在住する日系人集団の生活向上に資し得るアイデアおよび事業を語り合い、発動することによって両国民を互いに一層近付けるために貢献する事を目指す。

▲トップへ戻る