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主要都市
18世紀後半以降、ブラジル政府内では、行政の中心をリオ・デ・ジャネイロから内陸部へ移そうという機運が高まりました。これは、国の中枢である政府が海からの敵の襲撃にさらされる危険性が少ないこと、また、遷都により国内の人口密度がならされるという理由によるものでした。1891年の最初の共和国憲法では、将来の連邦区の所在地を、ちょうどブラジルの真ん中に当たるゴイアース州の中に定めました。新首都建設はそれから8年にわたる調査期間の末、ジュセリーノ・クビチェック大統領の下、1956年になってようやくスタートしました。ブラジリアの建設用地は、ゴイアース州の連邦区内にある面積5,814km²の部分で、リオ・デ・ジャネイロから1,200km離れた、標高1,100mの人口のまばらなブラジル高原にあります。
新首都建設のマスタープランは、コンペによりブラジル人建築家で都市計画者のルシオ・コスタ氏の案が採用され、主要な公官庁の設計はブラジル人建築家オスカー・ニーマイヤー氏が担当しました。また、風景デザイナー、ロベルト・ビュール・マルクス氏は、乾燥したサバンナの黄色で覆われているこの土地を鮮やかな緑色で彩るため、植物の選定を行いました。1960年4月21日、正式にブラジリアへの遷都が行われ、ブラジルの新首都としてスタートしました。
ブラジル高原の標高760mに位置し、しかも海岸から72kmの近距離にあるサン・パウロは、1554年イエスズ会によって、布教の拠点として開かれました。長い間、小さな町でしたが、1850年頃からコーヒーの大農園がサン・パウロ州に相次いで作られ、サン・パウロ市も急速に発展・拡大していきました。そして、コーヒーの輸出による収入と増加する人口は、農業の基礎を築く資本と労働力へとなっていきました。
今日では2万以上の様々な業種及び規模の工業プラントがサン・パウロ市及び周辺地域に集中しており、それらに従事する労働者の数は60万人にもなります。また、同市には2,000近くの金融機関があり、ブラジルの主要な金融センターとなっています。
ブラジリアへの遷都に伴い、リオ・デ・ジャネイロはブラジルの首都としての役目を終えました。しかし、このブラジルで2番目に大きい都市はブラジル文化の中心であり、ある意味では「心の首都」でもあるのです。
リオは一方を雄大な入り江と眩しい海岸線に、そしてもう一方を豊かな熱帯森林に覆われ険しい山並に挟まれた、高層ビルが建ち並ぶ都市です。この比類なき景色がリオを世界でも有数の美しい街としており、リオは「すばらしい街(Cidade Maravilhosa)」と呼ばれています。
リオは経済的にはサービス業、特に金融の中心となっています。同市で製造されているものとしては、食料品、建材、電気機器、化学品、薬品、飲料水、繊維などがあります。世界的に有名な海岸(イパネマやコパカバーナ)を擁するリオの海岸線は、世界で最も美しいものの一つと言えましょう。そして、夏と春をブレンドしたようなリオのすばらしい気候。リオは太陽と共に暮らす街です。
バイーア州の州都であるサルヴァドールはブラジル植民地時代の最初の主要港であり、2世紀にもわたり首都でした。同市は熱帯植物で覆われた丘と、トードス・オス・サントス湾に沿った広い海岸に挟まれています。丘の上には官庁街と住宅街など「山の手」と「下町」の2層構造で建設され、海岸には要塞、ドック、倉庫などがあります。今日でも同市は「山の手」と「下町」に分かれています。
1500年から1815年にかけてサルヴァドールは、北東部で生産された大量の砂糖と、南部の鉱山で採鉱された金及びダイヤの輸出港として最も重要な港でした。この時代は同市にとって「金の時代」であり、豪邸やきらびやかに金で飾られた教会などが建てられました。現在でも、バロック様式の教会や豪邸、広場、手作りの煉瓦で舗装された道などが、ブラジルの歴史的遺産として保存されています。
サルヴァドールで育まれたブラジル文化は、国内のどこよりもアフリカの影響を大きく受けています。それは、今でもアフリカの名で呼ばれているスパイシーな料理カルル、ヴァタパ、アカラジェ(caruru, vatapá, acarajé)などから、アフリカの神とカトリック教の祝日の両方を尊重したカンドンブレ(candomblé)の儀式、また、アフリカのユニークな儀式的格闘技を教えるカポエイラ(capoeira)学校まで様々です。
建築家の設計図から飛び出したようなブラジルで最初のモダンな都市ベロ・オリゾンテは、特にミナス・ジェライス州の州都としての機能を重視して設計されました。街路樹に彩られた、ゆったりとした通りと、綿密に計画された近郊の住宅地ですが、最近は急激な都市化の強い影響を受けています。同市は農業と鉱業に恵まれ、この地域の流通・加工の中心であり、急成長する工業基地の中枢でもあります。同市の主要製品には鉄や鉄製品、自動車、繊維などで、近郊で採鉱された金、マンガン、宝石などの加工も手がけています。
ベロ・オリゾンテはまた文化の中心であり、3つの大学、歴史博物館、多数の図書館、スポーツ競技場などがあります。気候はさわやかで涼しいのが特色です。
パラナー州東部高原の、標高914mに位置するクリチーバは、発展が目覚しいパラナー州の州都です。1800年代後半より、クリチーバのさわやかな気候と絵画のような景色は、多くのスラブ系、ドイツ系、及びイタリア系移民を引き寄せてきました。1950年以降同市は急速に発展、快適なライフスタイルをもちながら主要都市の仲間入りをするという、理想的なものでした。同市は、内陸部に農業と牧畜地域をかかえ、商業及び加工の中心として繁栄しています。
ヤシの木に縁取られた白砂の熱帯ビーチ沿いに港町として作られたのが、現在の北東部ペルナンブッコ州の州都レシッフェです。都市として急成長した、市内には多くの運河が流れ、たくさんの橋で結ばれていることから「ブラジルのヴェニス」と呼ばれています。この「レシッフェ」という名は海岸に沿ってある珊瑚礁にちなんでつけられました。地元の漁師はこの地方特有の「ジャンガーダ(jangada)」と呼ばれる、美しい帆を張った丸太組みのいかだに乗り、海へ出ますが、このいかだを操作するにはかなりの技術が要求されるといわれています。砂糖、綿。コーヒーなど内陸部の産品が、このレシッフェから輸出されています。
リオ・グランデ・ド・スール州の州都で、ブラジル南部で最大の都市ポルト・アレーグレは、1742年にアゾレス諸島(ポルトガルの西方にある)からの移民によって創設されましたが、19世紀以降は多数のドイツ系やイタリア系移民が流入しました。5つの河川の合流点にあることから、ブラジルの産業や商業の中心の一つだけでなく、港湾都市としても重要な役割を担っています。内陸部の豊かな農牧畜産品の内、皮、コンビーフ、米などは、遥かアフリカや日本にまで輸出されています。
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